東京地方裁判所 昭和60年(ワ)5962号 判決 1986年5月23日
原告
伊藤孝次
ほか一名
被告
西村輝彦
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らそれぞれに対し、各五〇〇万円及び右各金員に対する昭和六〇年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宜言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五九年六月二二日午後七時五〇分ころ
(二) 場所 東京都練馬区大泉学園町七丁目二番先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車両 普通乗用自動車(練馬五七ほ九一三九)
(四) 被害車両 原動機付自転車(練馬区せ五八五五)
(五) 事故態様 被告は、加害車両を運転して、幅員各五メートルの道路が交差する信号機によつて交通整理の行われていない本件交差点を進行するにあたり、右方から進行してきた訴外亡伊藤英次(以下「亡英次」という。)運転の被害車両の動静に十分注意しないで交差点に進入したため、本件交差点を通過しようとしていた被害車両の後部側面に加害車両の左前部を衝突させ、このため、被害車両が転倒し、亡英次は、路上に投げ出されて全身打撲の重傷を負い、同日午後九時三〇分死亡した。
(右事故を以下「本件事故」という。)
2 責任原因
被告は、加害車両を自己のため運行の用に供していた者であり、且つ、前記過失によつて本件事故を発生させたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条及び民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。
3 身分関係
原告伊藤孝次(以下「原告孝次」という。)は亡英次の父であり、原告伊藤英子(以下「原告英子」という。)は亡英次の母であつて、原告らは、亡英次の死亡により、同人を各二分の一の割合で相続した。
4 損害
(一) 逸失利益 三四四七万七〇七六円
亡英次は、昭和四二年一月一八日生まれで、本件事故当時、満一七歳五か月の健康な男子であり、本件事故により死亡しなければ、高等学校卒業後の満一八歳から満六七歳まで稼働し、その間少なくとも昭和五七年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、男子労働者、学歴計、全年齢平均給与額である年額三七九万五二〇〇円に物価上昇分を含めた昇給分として年五パーセントを加算した三九八万四九六〇円を下らない金額の収入を得られたはずであるから、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡英次の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は三四四七万七〇七六円となる。
398万4960×(1-0.5)×17.3036=3447万7076
(二) 慰藉料 一三〇〇万円
亡英次は、高等学校卒業を目前にして生命を断たれたもので、その精神的苦痛は極めて大きい。また、原告らは、亡英次の両親として亡英次の将来に託していた期待を奪われ、筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つている。これらの事情を総合勘案すると、亡英次の死亡による慰藉料は一三〇〇万円を下らない。
(三) 相続
原告らは、右(一)、(二)の損害を合計した四七四七万七〇七六円の損害賠償請求権を各二分の一宛相続取得したから、各自の取得額は二三七三万八五三八円となる。
(四) 葬儀費用 六〇万円
原告らは、亡英次の葬儀を行い、これに六〇万円を各二分の一宛支出した。
(五) 損害のてん補 二〇〇〇万円
原告らは、右損害に対するてん補として自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から合計二〇〇〇万円を受領し、これらを原告ら各二分の一の割合で損害額に充当した。
(六) 内金の請求 各四五〇万円
以上の原告らの残損害額は、それぞれ一四〇三万八五三八円となるところ、原告らは、その内金としてそれぞれ四五〇万円を請求する。
(七) 弁護士費用 一〇〇万円
原告らは、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、その弁護士費用として各原告においてそれぞれ五〇万円を支払う旨約した。
5 よつて、原告らは、被告に対し、本件事故による損害賠償として、損害の内金である前記4の(六)記載の各四五〇万円と弁護士費用各五〇万円を合計した各五〇〇万円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(四)(日時、場所、加害車両、被害車両)は認めるが、(五)(態様)は争う。
2 同2(責任)の事実は否認し、責任は争う。被告は、西村運輸有限会社所有の加害車両を運転し、同会社のために加害車両を運行の用に供していた者にすぎないし、また、被告には過失もない。
3 同3(身分関係)の事実は不知。
4 同4(損害)の事実中、(五)の損害のてん補の事実は認めるが、その余はいずれも不知。
5 同5の主張は争う。
三 抗弁
1 免責
本件交差点は、信号機による交通整理の行われていない交差点であるところ、被害車両が進行してきた道路は、本件交差点手前に一時停止の標識が設置されており、最高速度が時速二〇キロメートルに規制されている。
しかるに、亡英次は、本件交差点手前で一時停止することなく、制限速度を遙かに超える時速五〇キロメートル以上の速度で被害車両を走行させて本件交差点に進入したものである。
一方、被告は、加害車両を運転して本件交差点に差しかかり、徐行のうえ時速約三〇キロメートルの速度で進行したものであり、しかも、交差道路から進行してくる車両は当然交通法規を遵守し、制限速度で、且つ一時停止するものと思つていたもので、被害車両が高速度で一時停止もせずに交差点に進入してくることは予測できなかつたものである。
右のとおり、被告には過失はなく、本件事故は亡英次の一方的な過失によつて発生したものであり、また、加害車両には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告は免責される。
2 過失相殺
仮に、被告に過失が認められるとしても、亡英次には重大な過失があるから、過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否
免責及び過失相殺の主張は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(四)(日時、場所、加害車両、被害車両)は当事者間に争いがない。
また、成立に争いのない甲第一号証及び原告伊藤孝次本人の尋問の結果によれば、亡英次は、本件事故により傷害を負い、本件事故当日の午後九時三〇分に死亡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
二 次に、本件事故の態様及び被告の責任について判断する。
成立に争いのない甲第二号証の一、二、乙第一ないし第四号証及び証人森繁喜の証言によれば、
1 本件交差点は、和光市方面(東方)から大泉学園通り方面(西方)に通じる道路(以下「甲道路」という。)と、大泉学園四丁目方面(南方)から新座方面(北方)に通じる道路(以下「乙道路」という。)とが十字に交差する信号機により交通整理の行われていない交差点であること、甲道路は東方から西方に向かう一方通行道路であり、乙道路は南方から北方に向かう一方通行道路であつて、両道路とも全幅員約五メートルで、甲道路の北側には幅約一・二メートルの、乙道路の東側には幅約一・三メートルのそれぞれガードパイプによつて仕切られた歩道が設置されていること、両道路とも最高速度が時速二〇キロメートルに規制され、アスフアルトによつて舗装されているが、本件事故当時は降雨のため路面が湿潤していたこと、本件交差点は、南東側の角付近に高さ約一・九二メートルの生垣があり、北東側の角付近に高さ約一・二メートルの金網があり、南西側の角付近に高さ約一・四五メートルのブロツク塀及び高さ約四・五メートルの庭木があり、北西側の角付近に高さ約一・四メートルの生垣があるため、両道路ともいずれも左右の見通しが悪くなつていること、甲道路の東側の本件交差点の入口には、一時停止の道路標識があり、路面にも「止まれ」と記載された道路標示があること、本件交差点の北西の角付近にはカーブミラー及び水銀燈が設置されていること、甲道路の両側には幅約〇・三メートルの側溝があること、
2 被告は、加害車両を運転し、乙道路を南方から進行して本件交差点手前で時速約三〇キロメートルから時速約二〇キロメートルに減速して本件交差点に接近し、交差点手前二ないし三メートルの地点でカーブミラーによつて右方から交差点の一一ないし一二メートル付近に進行してきた被害車両の前照燈を認め、次いで、交差点の直前で被害車両のエンジン音を聞き、急制動の措置を採つたものの、交差点中央付近で被害車両と衝突したこと、
3 亡英次は、被害車両を運転し、甲道路を東方から進行して本件交差点に向かい、交差点の手前で普通乗用自動車を左側から追い抜いたのち、時速およそ五〇ないし六〇キロメートルの速度で一時停止をしないまま本件交差点に進入し、左方から進行してきた加害車両と衝突したこと、
4 本件交差点の中央付近には、加害車両によつて印象されたとみられる長さ約一・三五メートルのスリツプ痕が残されていること、
5 本件事故後、加害車両は、本件交差点を五ないし六メートル過ぎた付近の乙道路左側に停止し、被害車両は、本件交差点を四ないし五メートル過ぎた付近の甲道路右側に転倒した状態で停止し、亡英次は、同車の数メートル先に転倒していたこと、
6 加害車両は、本件事故により、前部バンパーが左に約六センチメートル横ずれし、前部バンパー中央部が凹損し、フロントグリルが破損したこと、また、被害車両は、本件事故により、前部メーターボツクスが破損し、ラジエーターグリル、ブレーキレバー、右バツクミラーが欠損し、チエーンが脱落したこと、
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実によれば、被告は、本件交差点は見通しの悪い交差点であつたから、徐行のうえ、左右の安全を十分に確認して進行すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、単に時速二〇キロメートル程度に減速したのみで、徐行せず、左右の安全も十分に確認しないまま本件交差点に進入した過失があるものというべきである。したがつて、被告には、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。
他方、右の事実によれば、亡英次は、本件交差点が見通しの悪い交差点であつたうえ、交差点入口には、一時停止の道路標識及び道路標示があつたのであるから、一時停止のうえ、左右の安全を十分に確認して進行すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、一時停止をしなかつたのみならず、時速約五〇ないし六〇キロメートルの速度で、本件交差点に進入した過失があるものというべきであり、亡英次の右過失と被告の前示の過失とを対比すると、亡英次には、本件事故の発生につき、七割の過失があるものというべきである。
三 続いて、身分関係について判断する。
前掲甲第一号証及び原告伊藤孝次本人の尋問の結果によれば、原告孝次は亡英次の父であり、原告英子は亡英次の母であつて、原告らは、亡英次の死亡により、同人を各二分の一の割合で相続したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
四 進んで、損害について判断する。
1 逸失利益 三五二七万一六五八円
前掲甲第一号証及び原告伊藤孝次本人の尋問の結果によれば、亡英次は、昭和四二年一月一八日生まれで、本件事故当時、満一七歳五か月であり、高等学校三年に在学中の健康な男子であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右の事実によれば、亡英次は、本件事故により死亡しなければ、高等学校卒業後の満一八歳から満六七歳まで稼働し、その間少なくとも昭和五九年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、男子労働者、学歴計、全年齢平均給与額である年額四〇七万六八〇〇円を下らない金額の収入を得られたはずであるから、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡英次の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は三五二七万一六五八円(一円未満切捨)となる。
407万6800×(1-0.5)×17.3036=3527万1658
2 慰藉料 一三〇〇万円
前示の亡英次の年齢、その他本件において認められる諸般の事情を総合勘案すると、亡英次の死亡による慰藉料は一三〇〇万円をもつて相当と認める。
3 相続
原告らが亡英次を各二分の一の割合で相続したことは前示のとおりであるから、原告らは、右(一)、(二)の損害を合計した四八二七万一六五八円の損害賠償請求権の二分の一である二四一三万五八二九円をそれぞれ取得したこととなる。
4 葬儀費用 六〇万円
原告伊藤孝次本人の尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡英次の葬儀を行い、これに六〇万円を各二分の一宛支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
5 過失相殺
以上の原告らの損害額は、それぞれ二四四三万五八二九円となるところ、本件事故の発生につき、亡英次に七割の過失があることは前示のとおりであるから、右各損害額から過失相殺として七割を控除すると、残額は、それぞれ七三三万〇七四八円(一円未満切捨)となる。
6 損害のてん補 二〇〇〇万円
原告らが、本件事故による損害に対するてん補として自賠責保険から合計二〇〇〇万円を受領し、これを原告ら各二分の一の割合で損害額に充当したことは、当事者間に争いがない。
そうすると、原告らの損害は、右自賠責保険金の受領によつて、すべててん補されたことになるから、もはや原告らが被告に請求し得べき損害はないものといわざるを得ない。
したがつて、原告らの被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかである。
五 以上によれば、原告らの被告に対する本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林和明)